HOME > FEATURES > sighboat INTERVIEW

一見、奇妙な組み合わせではある。接点があるのかないのか。あってもそこにこだわっているのかいないのか。接点がなくても気にしているのかいないのか。いや、きっと彼らはそんなことさえ気に留めていないだろう。
ただ、ただ、内田也哉子、渡邊琢磨、鈴木正人という3人がそこにいて、素顔のままでそれぞれ音楽を通じて向き合っているという、本当にそれだけ。ただそれだけなのに、この3人が集まると、まるで空中で見えないリボンがふわりと結ばれるように柔らかい絆を生む。04年に結成されたsighboatは、恐らくそういう数字では弾き出せない、でもある種の必然とも思えるつながりによって成立している奇跡のようなバンドだ。
「それは本当に感じますね。共通するものが明確にあるわけでもないし、3人が揃って顔を合わせることも滅多にないんだけど、合うとご無沙汰した感じがないというか。普通にふっと一つになっていける感じがあるんです。今回も、何となく“またやる?”みたいな…そんな感じだったよね?」(内田也哉子)
と、お馴染みのほんわかとした口調で渡邊と鈴木に問いかける内田。「そうだね。実際、最初はどうだったんだっけ?」と鈴木正人。「うーん、どうだったかな…」と苦笑する渡邊。5年前、ファースト・アルバム『sighboat』を発表した際、この3人を目の前にして初めて話した時と同じゆったりとした時間がそこに流れる。まるでもう一つの家族のような穏やかで気の置けない瞬間だ。
もちろん、その間、成長はある。渡邊は自身の持つアカデミックな音楽指向を改革すべく、乱心スレスレにアグレッシヴな演奏を実践するようになったし、ベーシストとして売れっ子を極める鈴木は歌モノから先鋭的なジャズまでを、決してソツなく…ではなく、良い意味でエゴイスティックにプレイするようになった。先ごろ3人目の子供を無事に出産した内田もまた、これまで以上にブレない視点で様々な事象を観察し、彼女自身の中にしっかり糧として落とし込むようになっている。“生きる”ということをエスタブリッシュさせながら表現するこの希代の女性は、今やアカデミー賞受賞作品の主演俳優を支えるファースト・レディだが、彼女自身のライフ・スタイルには何ら揺らぎがない。
そうした各々の成長やプログレッションは、この5年ぶりとなる2作目『marvel』の、その肉感的で外へ外へと向かうような仕上がりにそのまま表れている。ファースト・アルバムは、まだ3人が知り合ってまもない時期に制作したこともあり、心を開きつつも、まだ互いの距離を確かめ合っているような緊密な空気がしばしば感じられたが、ここにはもうそんな“他人行儀”はまったくない。無論、ただリラックスし過ぎてたるんでいるような状態とも全く違う、そこに一緒にいるだけで凛とした、でも温かなヴァイブがドクドクと流れていくような躍動感。それぞれが分かれて作業した曲を中心としたファーストと全く印象を異にするのは、根っこにあるそうした意外にもぶっといフィジカリティがバンドを動かしていることが伝わってくるからではないかと思う。
「ライヴ感というかバンドっぽさみたいなのを出した作品にしたいなとは漠然と考えていましたね。ただ、俺たちがやると、どうしてもフェイクというか疑似バンドっぽくなっちゃうんで、あまり堅苦しく考えることはしませんでした。そのまま素直にやれば、今の俺らならバンドっぽさが出るかなと思っていたし」(渡邊)
曲を作る渡邊と鈴木は、互いにこの5年間で熟成させてきたスキルと感覚を生かして曲を作っていった。だが、「実際、今回ロックっぽいよね。琢磨くんが持ってきた曲を聴いても、そういう曲が増えてる感じはした」と鈴木が相づちを打っても、「そうなんだ。全然ジャンルとかわかんないからなあ(笑)」と内田。その瞬間、“ロックっぽい作品”という形骸化されたイメージは氷が溶けて蒸発していくかのように消えてなくなり、ふと気づけば、どうしようもなくsigboatとしか言えない音の質感がそこに残った。でも、それは前作より遥かに肉体性を纏っていて…という心地良い循環。意図せずして表出された今作のロックっぽさは、そんな感じで自然と作品に映し出されたのだろう。
「意外と也哉子ちゃんがロック好きってことがわかりましたね(笑)。高校の頃、レッチリが好きだったみたいだし、レディオヘッドのライヴを見に行ってもね…すごかったんでしょ?(笑)」(鈴木)
「“キャーッ”って絶叫だもん(笑)。それも、出て来た瞬間とかじゃなくて、B面とかでみんな静かになってる時に“キャー!”。そういうところが発見としてあって、そこが歌にも出てたりしてるんじゃないかな。もちろん叫んだりはしてないですけどね」(渡邊)
「たぶんね、普段日常生活が淡々としてるんで、せっかく音楽の場を借りてるんだから、すごい奥の方にある火種をスパークさせたいなという思いはありますね」(内田)
表面上は起伏が見えないけど、内側では激しい思いを幾重にも重ねながら振幅させ大きな波を作っている。おそらくsighboatというバンドの持つ薫り、あるいは3人が音楽を通じて向き合った時に、ふっと結ばれる見えない絆はそういう感触によってもたらされているのだろう。そして、それが実にさりげなく表れているのがこの2作目『marvel』というわけだ。
ドラマーとして全面参加している千住宗臣(ウリチパン郡、PARA他。近年は、渡邊によるCOMBOPIANOにも参加している)による、メロディと調和し過ぎずに少々のブレを残して静かなビートを刻んでいくプレイも、本作の充実した仕上がりを存分に後押しした。だが、渡邊がCOMBOPIANOとして発表した新作にも通じるそんな目に見えないアグレッシヴさを、個人的に今作で最も感じるのは、内田が初めて日本語で歌詞を書いた「discord」だ。歌詞の内容の解釈はそれぞれに委ねよう。無論、内田の歌はこの曲でもそっと煙をくゆらせるかのようだ。だが、アルバムのラストに収められたこの曲が放つ隠された意味を、歌詞を綴った内田本人は恐らく知らないだろう。“discord”というハード・コア・パンク系の老舗インディー・レーベルがアメリカにあることを。
sighboat。それは、穏やかなカオスを象徴する言葉、かもしれない。
2010年7月 岡村詩野
